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大学受験

娘の外語大合格への道①

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こんばんは。

今度は、娘が東京外国語大学国際社会学部合格にいたるまでをお話しします。

【娘の小学校時代】

公立の小学校に通いました。
幼稚園の頃からピアノを習いたい、と言っていて、小学校入学してすぐに習い始めました。楽しかったようです。中1まで続きました。

近くにダンス教室があることを知ると、やってみたい、
新体操を習ってみたい、、
なんでも意欲的で行動的、「今はこれがやりたい」がはっきりしていて一生懸命頑張ろうとする感じの子でした。

算数が、割り算の頃からなかなか理解が進まず、苦手科目となっていきました。
時々、家で算数の宿題を一緒に見ていましたが、文章題を読み解く時点からどうしても引っかかってしまいました。

娘は「こう書いてあるから、こういうことなのに(それが正しいはずなのに)、なんで答えは12ってなるの?」となり、夫と2人で説明しますが、話が平行線となってしまうのでした。

国語はクラスの復習テストでなぜか良い点でした。「だって、文章にそう書いてあるじゃない」と言ってましたので、国語の解き方をわかっていたようです。

小学校5年生の頃から、留学したい、英語がペラペラに話せるようになりたい、と言ってました。

娘の学年は1年生の時から学級崩壊が起きていていました。お友達同士のトラブルが多く、お母さん達同士も苦しい関係であったと感じています。そういう感じが卒業まで続いていたかもしれません。

私は、荒れた学年になると成績が悪くなる、と思っていましたので、娘の学力向上って難しいんじゃないか?とこの時から思っていました。

【娘の中学校時代】

公立の中学校に進学しました。

部活は兄と同じ文化系の部活に入りました。
最初は運動部に入りたいと言ってましたが、私が運動部反対と伝えていたため、断念させてしまいました。手出し口出しの多い親だったかもしれません。(運動系部活についてのお話はまた改めて日記に書きたいと思ってます!)

兄が勉強を頑張っていたので、娘も1年生の初めての定期試験を頑張っていました。初めは良かったのですが、1年生の2学期頃から気持ちが続かなくなり、成績は落ちて行きました。

だいたいいつも、英語など得意な教科2つくらいは「5」でしたが、あとは「3」と「4」が半分くらいずつくらいだったかと思います。

私も中学生の頃、同じような感じでした。最初は集中して頑張って結果が出るのですが、その集中力をどうしても持続できず、成績が落ちていき、結局受験まで変わらないままだったので、「自分と同じようなことになるのでは」と娘のことが心配でした。

また、小学校5年から娘と私の関係がギクシャクして中2まで続いていました。
中2の秋頃から関係が少しずつ和解・修復されていきました。

親子の波動戦争が収まった頃に呼応していたかのように、娘は中2の3学期から、行きたい高校を決めたり、目標・計画を立てて集中して勉強するようになりました。定期試験では苦手な数学で80点くらい取れたかと思います。突然に内申が11も上がり、「4」と「5」が半分ずつくらいになりました。

中2の終わり頃から受験勉強を始めました。地域で2番手の難関の都立高校を目指していました。「都立御三家」ではありませんが、国語、数学、英語では独自問題を出題する、入るのが難しい高校でした。内申でももう少し「5」の数が必要ですし、主要3教科では難題対策も必要でした。

本人はいつも「絶対●●高校に行く!」と言っていました。
「あの問題集はやったの?」「今日は勉強どうだった?」など聞くと、「ちゃんとやってるよ」と返事するし、「模試の振り返りをやろうか」と声をかけると、「自分でやってるから大丈夫」と返ってきました。

あまり、娘の受験には関われていませんでしたが、「やってるなら、大丈夫なのかな」と思っていました。、、しかし模試の判定は良いことはあまりなく、内申も下がったりして、不安定な感じでした。このままではとても難関の都立高校の合格は難しいかも、、という感じでした。

「大丈夫?何か、対策立てた方が良いのでは?」と娘に話してみましたが、「大丈夫、勉強ちゃんとやってるもん、絶対●●高校行くから」というので、そっと見守る感じでした。触れられない感じでもありました。

娘は都立高校に進学したら、兄が行った「都立高校留学プログラム」に参加して、英語圏の国の高校へ留学したい、という目標がありました。都のプログラムなのでとてもお安く、しかも10ヶ月も留学ができるのです。親としても、これならお金を出せる金額でしたので、ぜひ応援したいと思っていました。

もし都立が落ちてしまうと、私立に行くことになり、金銭的にも、私立の学校の方針的にも、私立高校だと留学はもう諦めなければなりません。なので、留学したいなら絶対に都立に行く必要がありました。

成績もあまり伸びていないし難関の都立高校を受験するには無理がありました。夫と話し合い、「最後の模試でB判定以上が取れたら、その高校を受験しよう」、と娘に伝えました。

中3の最後の直前模試の判定はC判定でした。苦手だった数学の成績がどうしても上がりませんでした。私たち親は、「難関都立高校は諦めよう」、と伝えましたが娘はなかなか納得してくれませんでした。

私たち親も葛藤しました。難関都立にトライしたい気持ちを親の私たちが潰してしまっていいのだろうか、可能性を消してしまうのではないだろうか、、
いやいや、難関都立高校に落ちたら、高校での留学という目標が達成できなくなる、、
これは挑戦となるだろうか?無謀なのだろうか、、?
やはり、この成績で受験するのは無謀だろう。無謀と挑戦は違う。

私たちは、都立の留学プログラムを申し込めるようにすることを最優先として、娘には、今確実に入れる都立高校(地域では4番手くらい)を進めることにしました。娘は泣く泣く諦めて地域で4番手の都立高校を受験することになりました。無事に合格し、都立高校進学が叶いました。

あとで娘が「本当はあの時、ぜんぜん勉強できていなかった。でもちゃんと勉強してることにしないといけないんだと思ってた。そうしないとママに怒られると思った。どうしても難関都立に入らないとダメなのでは、と思っていた」教えてくれました。

兄が「都立高校御三家」に進学したことがあり、また、今までの怒ると怖かった私を思い、そして私の中にある「いい学校に進学してほしい」という気持ちを感じ取って娘にはプレッシャーとあったのだなあと思いました。(いい高校に入りなさいよ!とは一言も言ってなかったにもかかわらず、です)他にもお友達との関係性で「良い学校」を意識していたこともあったかもしれません。

続きはまた明日です。


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